暮らしのコツ

野田家が、大台町を選んだ理由。

 

 

野田さん写真

自然豊かな広い家で趣味を生かした暮らしをしたい。

私たち夫婦は、平成25年4月に愛知県豊田市から大台町へ移住しました。

豊田市ではマンション暮らしでしたが、趣味を楽しむスペースが限られていました。私の趣味のバイクを整備したり、妻が好きな自転車を保管する場所 がなく、不便な思いをしていました。また、周りは 工場や住宅街で、自然とは距離を置いた日常生 活でした。漠然と「いつか自然豊かな田舎に、車庫 と簡単な作業場を作れるような広い家を持ちたい」と思うようになりました

家を見直す「家探し」。

家探しにはインターネットを利用して、不動産屋や公的機関、市町村役場の物件情報などを頻繁に確認し、また、田舎暮らし専門の不動産情報誌を定期購読し情報を集めました。

金銭面から中古住宅を条件にして、豊田市から岐阜県、三重県と範囲を拡げ、都会から離れるほどに物件価格が安くなり、逆に私たちが魅力を感じる「昔ながらの日本家屋」が増えていきました。

家を探す過程で、地方では空き家が増えて問題となっていることを知り、さらに中古住宅という条件は堅くなりました。また空き家のなかには、昔ながらで日本の風土に合った家や、無垢の木を贅沢に使った再生可能な家が多くあることに気付きました。当初は、古い家を安く購入し全面的に改装するつもりでしたが、やがて改装費を含めて1500万円くらいで収まる、程度の良い家を探すようになりました。実際に多くの家に足を運び生活を想像することで、私たちに合った暮らしや環境、家を、より具体的に考えるようになっていきました。

大台町を選んだ理由。

移住先に大台町を選んだのは、私たちの理想に近 い、木を贅沢に使った「日本家屋」と出会えたからです。屋根・梁・柱で作られ、空間が繋がっている昔ながらの日本家屋で、自分たちの望むように手を加えていけるのは、日々の楽しみでもあります。

そして大切なのは、大台町の緑が深い風景と自然環境に魅力を感じたこと。愛知や岐阜の山は冬になると雪が降り、凍える寒さですが、三重県南部 に位置する大台町では日常的な雪の心配はなく、冬でも快活に過ごせます。

また私たちの地域は、田舎とはいえ高速道路や病院、スーパー、役場に近く、すべて車で十五分ほどの距離にあります。将来子どもができた時を考え、 幼稚園や学校も調べましたが、スクールバスが通り便利であること、自然豊かな環境でのびのびと子育てができることも大切な要素でした。

手に入れた家の時間。

豊田市で生活していた頃はお互い仕事に費やす時間が長く、休みも別々でした。残業も多く土日は深夜遅くまで働きました。妻は中学校の教員で したが、朝七時前には出勤し帰宅は早くて20 時。お盆と正月にまとめて休みを取り、慌ただしく旅行に出てはリフレッシュするという生活でした。 大台町へ移住し、幸いすぐに希望していた林業関係の職に就くことができました。危険がつきもので体力も必要ですが、16時半には退社し残業も少ないため時間に余裕が生まれました。

妻も家事と両立できる仕事を見つけるつもりでいますが、いまはこれまで忙しくてできなかった家事 を楽しんでいます。特に庭や畑での仕事が気に入っ ていて、草花の成長や、自分で植えた野菜の収穫 など、太陽と共に動く生活が合っているようです。

以前は旅行など非日常的な楽しみを求めていましたが、現在は気に入った家や庭、畑、散歩感覚でアウトドアを楽しめる環境があり、家族で共にする食事や家庭菜園など、日常的な楽しさを幸せに 感じています。収入は昨年までと比べるとマイナスですが、収入を補って余りあるほどの生活です。

心配と不安を糧に。

都会から離れ生活することに不安はほとんど感じず、友達も大いに応援してくれました。三十歳代半ばでの決断を羨ましく思ってくれ、愛知県から 時々遊びにも来てくれます。 両親は、安定した仕事や10年以上続けてきたキャ リアを失ってまで移住することが理解できないよう でしたが、こういった心配は、いつ移住をしても消えることはないのだと思います。老後についても両親の考えを尊重し、将来について考えていきたいと思っています。「もう大人だから」と心配しながら も見守ってくれている両親を安心させるためにも、大台町での生活を充実させていきたいです。

人の温かさを知って。

ご近所さんには本当にお世話になり、野菜のお裾分けだけでなく、多くの方が気さくに声をかけてくれます。「いつか畑をやりたい」と話をすると、すぐに家の隣の畑を貸してもらえ、農機具や耕具、苗まで分けてもらい、野菜作りの相談もさせてもらっています。田舎暮らしの付き合いを心配する方もいますが、私たちにはプラスのことばかりです。

以前は、町の住人という意識はほとんどありませんでしたが、今は大台町に住む一人、一世帯という考えを持っていて、それが私たちの自慢であり一 部だと考えています。仕事でも生活でも、同じ大台町に住んでいる方々に支えられ、助けられているという自覚があるからだと思います。移住して早い時期にこのような考え方を持つようになったことは意外でした。今は助けられることばかりですが、私たちができることで地道に地域に貢献し、いずれは恩返しができるようになりたいと思っています。

自然と生きる暮らし。

林業に携わって、健康な山を維持することの大変さや重要性を改めて知り、山に関われる仕事を誇りに感じています。妻もまた 観光協会の仕事を手伝い、山と関わり始めました。人が山から与えられるものの大きさを二人で体感しています。 休みの日は川遊びや登山を楽しんでいます。山に入って、生き物がたくさんいると嬉しくなり、この環境がいつまでも続いて欲しいと思います。

大台町には平成16年の災害の痕跡がまだ残っています。「災害前は・・・」という話をよく聞き、大杉谷や総門山の登山道・林道の復旧作業を目に します。仕事の上でも林業は危険がつきものです。 豊かな自然の恩恵に与りながら、自分の身を守れる技術も身につけていかなければと思っています。

大台町での暮らしに不満はないのですが、あえて言 えば、都会に比べ利用できる店舗が限られることで す。ただ、どうしても必要なものはインターネットで購入できるので大きな不満にはなりません。

移住を望む方へ。

移住を想像しているだけでは、希望だけなく不安 も膨らんでしまうと思います。まずは、住みたい地域に足を運んでみてください。昼間の景色、日が暮れてからの様子、四季の移ろいなど、実際に訪れて感じてみてください。ご近所さんや役場の方に話を聞くことで、多くの不安は解消できます。不安がいつまでも残るようならフィーリングが合わないと考えて、違う場所を探してください。私たちはこの「フィーリング」を大切にしていました。

大台町は決して不便な田舎ではありません。仕事は意外になんとかなります。自分のフィーリングを信じて、条件が整えば一日でも早く新しい生活を スタートさせるべきだと思います。

田舎物件を探し始めた頃、不動産屋さんに「家は建て替えることができるけど、家から見える景色は 変えることができない」と言われました。自然豊かな環境で、好きな景色を見ながら自然の則に従って生活していると、都会では考えられなかったやりたいことがどんどん湧いてきます。

空き家バンクの意義。

少子化が進み、人口がどんどん減っている日本の状況を考えると、土地を次々に切り開き、新しい家を建てることに私たちは反対です。先人が生み 出した土地や空き家に今以上に注目する人が増え、活用することができれば、自然は少しずつ守られます。大台町の空き家バンクが発展し、移住者が増えることは、 町の活性化以上に大きなことだと思います。もっと利用者が増えることを期待しています。